昭和42年03月18日 奉斎式
神様も喜んで下さり、氏子も喜ばせて頂き、金光大神も喜んで下さるという、そういうおかげ。それがお道の信心のおかげであると私は信じております。神様が喜んで下さり、同時に、私共も喜べる。しかも、それをお取り次ぎ下さる金光大神様も喜んで下さるという、そういうおかげなのでございます。私共がおかげを受けて有り難いなぁ。医者も見放した病人、病気が助かった。
どうにもならない事がおかげを蒙ったというだけでは、私は本当にお道の助かり、本当のおかげではないと。私はこの度ここ合楽に里に、この様な見事なお広前が建立されました。それこそ年月こそ二年間かかっておりますけれども。ここ田んぼの中にそれこそ、忽然として、このお広前がここに湧いて来た様な感じでございます。
天地の親神様の願いが、私共氏子一人一人の上に現れておる姿であると、私は信じます。ここまで、おかげを頂いて参ります為には、親先生御夫妻の、それこそ、切実な祈りと願いがあってからのことでございます。私共ここまる十六年間という間を、椛目に神愛会のお広前が出来ました。信心の稽古をさせて頂いた訳でございますが、同士、皆さんと共に様々なことがございました。
本当に様々なことがございました。けれどもそれはみんな、私共の信心の稽古の材料でありまして、いうならばそれはどう言う様な事でも、天地の親神様の切実なる神様の願いである。どうぞ氏子信心しておかげを受けてくれよと仰る。そのお心があのような事柄やら、問題やらもあった事でございますから、そのことが即やはりおかげであった、神愛の現れであったことを、いよいよ痛感せぬ訳には参りません。
いうならば、今日のこの為に、その十六年間の、お互いの修行があったんだと。とまあ、言う訳でございますけれども。実を申しますと、そうではないと、私は思う。これからの為に、今日から、ここのお広前の、お取り次ぎの働きが、世の中の沢山の難儀な氏子が取り次ぎ助けられていく事の為に、その為に、今日があるのでございます。過去十六年があって、今日があったのではなく。
今日が、これからの、いよいよ、お互いが救い助けられていくことの為に、それは天地の親神様の願いが地上になって行くことために、お互い、一人一人の氏子の上に、そういう現れが、いつの日か来ることの為にあるんだ。私共が信心を自分で思うて見ます時に、それこそ、今朝からも、朝の御理解に皆さんに聞いて頂いたんですけれども。お広前を御造営御成就迄に、どうでもここまでは、どうでもこのことだけは。
これだけは改まっていかにゃ、合楽には行かれんと言うて、これを合言葉のように、お互い、言うても参りましたけれども。振り返って見ますと、なぁにも出来てない事に気が付きます。ただ、お詫びするよりほかにございません。ですから、私共の信心で、これが出来たのだと思うておったら、もう大変なことだと私は思うのです。ですから、こういう有難い、こういう素晴らしいお広前で、お互い。
信心の稽古をさせて頂くのでございますが、このお広前に相応しい信心を、これからの信心の目指しとさして頂いて、中身を詰めて行かなければならないというふうに感じるのでございます。お互いが出来ません。出来ませんけれども、出来んではならんのです。人間だから、このくらいのことはと言うてはおれんのです。この方の事を、生神、生神と言うけれども、みんなんもこの様なおかげが受けられる。
この方がおかげの受け初めと、教祖の神様は教えておられます。私共はやはり、生神様を目指すのです。もう四十年も前の話しでございます。私が少年、その頃、子供会と申しておりました。今日、ご参拝頂いております、親教会の総代、岸先生が、私共の子供会を指導しておって下さった時分でした。親先生が、御本部からお帰りになった、その直後ではなかったであろうかと思います
。親教会のお玄関の上がりがまちのところで、先生方が二人、腰かけて話しよりなさっておられた。元、あの、横にお手洗い鉢があった。そしたら岸先生が、親先生にこういうような事を言うておられる。先生、もうこのお広前から、もう何人ことはいりません。一人でよか。本当の信者を作って下さい。と言うておられるのを、私の子供心に、響いて参りました時ですね。
私は、本当に、そう思うたんです。その一人の本当の信者に、私がなろうと思うたんです。私は、思うた。思いましたらですね。もうそれこそ、どうにもこうにも出来ん、感激でしょうね、やはり。もうとにかく、可笑しいぐらいに、涙が湧くんです。ですからすぐ横がみかん畑でしたが、みかん畑に入って泣いた事を覚えております。そんなら、私が、四十年たった今日。
真の信心を預けておるかと言うと、とてもとてもそれこそ出来ておりませんけれども、やはり目指すところは、真の信心なのでございます。いかにです私が子供心にその本当の信者に私がなろうと、こう私が心の中に願った思うたということがです、私は天地の親神様に通うたんだと思うんです。そしてあの時の私の喜び感激というものはです。恐らく天地が感激なっさたんではなかろうかと、私今でも思います。
それが出来た訳ではありませんけれども、そこのところを願いとしてです。お互いが信心をを進めていかなければならない。今日、このようにしてから、親先生、ご祭主のもとに、御祭りがめでたく奉仕を終えられました。この御祭りをです。ただ、待ちに待った奉斎式なんです、待ちに待った含楽へのお広前の移転がです。ただ、成されたというだけでは、私は相すまんと思います。
先程も申しましたようにそれでは十六年が、あの頃もこのことの為にという事になってしまうんです。ですからこれから私共がそういう真の信心を、愈々目指さして頂いて真の信心とは、神も喜び氏子も喜び金光大神をもの喜びじゃと仰る。そういうおかげを目指してです。おかげを蒙って行くことに精進さして頂き、愈々信心の稽古に励まして頃かなければならんと思うのでございます。ご挨拶代わりに一言でございましたけれども皆さんに聞いて頂きました。これからも本気で信心の稽古をさして頂きましょう。
おかげを頂きましてありがとうございました。